ドナルド・E・ウェストレイク(訳:木村二郎)『聖なる怪物』

mhk2005-01-09

ISBN:4167661888
大邸宅のプールサイドで老優ジャックが語り始めるは、酒と薬物に溺れた、狂乱、乱行、そして退廃の半生記。混乱し、錯綜する記憶の底に潜むのは……。

 駄目だ! おれは瞬いた。喉の奥からなんとか音を出し、後頭部を硬いスレート板に押しつけた。おれの指先は空をつかんだ。おれはあのことを頭の中にはいってこさせはしないぞ!
 大丈夫だ、大丈夫だ。「よし」おれはうなずいて、もう一度手綱を握りしめた。そして笑みを浮かべた。練習した台詞が口から転がり出た。「すべてが始まったのは、すべてが始まったのは、おれが童貞を失った夜だ」

長年の放蕩生活が脳にきている老俳優の一人称語りと、フラッシュバックとしてあらわれる三人称による過去の回想が交互に繰り返され、そこから何かが浮かび上がってくる。最近の作品でいえば、伊坂幸太郎アヒルと鴨のコインロッカー』の作りに近いかもしれません。
きわめてトンプスン的な人物の妄想語りをコントロールして、端正な騙し絵ミステリを組み立てている。ウェストレイクはやはりたいした職人作家だと再確認しました。サラリーマン『斧』、作家『鉤』ときて、こんどは*1役者という職業を取り上げることにもちゃんと意味を用意してるあたりも抜群に上手い。

*1:発表は89年で『斧』『鉤』に先駆けている