「ぼくの蜘蛛」

北へと向かう船の中。
ペットの蜘蛛を連れている。
目の前に浮かぶぼくの蜘蛛は口から糸を吐き出すと、ぐるぐると渦を巻き、風船のような巣を作る。
巣の中心あたりにいるはずの蜘蛛は何重にも編まれた細い糸の向こうで、もう姿は見えない。
ぼくは大喜びしながら眺めていた。
ふわふわと浮かぶ白いものを目にした船客たちがこちらにやってきて、不思議そうな顔をしてぼくの蜘蛛を眺める。
突然、風船の下のほうからまるでアリジゴクのような二本の巨大な牙が伸びてきて、蜘蛛は船客たちを襲いはじめる。
船内を縦横無尽に漂いながら、思いついたようにときおり下降して、二本の牙で近くにいる人間を噛む。女性客は悲鳴をあげながら逃げ惑い、子供たちは怯えて泣く。
スプレー缶を手にした船内警備員たちがやってきて、天井近くをふわふわと漂っているぼくの蜘蛛にスプレーを噴射する。
「やめろ! こいつはぼくの大切なペットなんだ!」声も枯れんとばかりにぼくは大声で叫ぶ。
警備員たちのスプレー攻撃を浴びたぼくの蜘蛛は大広間の隅に追い詰められた。
殺虫成分を四方八方から浴びせかけられるうち、重力に屈して床に向かってゆっくりと降下していく。やがて、落ちて、ぺしゃりと床に崩れ落ちた。
「これも仕事ですから」警備員が言う。
つぶれた巣のなかほどでぴくりとも動かない蜘蛛を見つめながら呆然と立ち尽くすぼくを見ながら警備員が言う。
「カゴか何かに入れてさっさと引き取ってください。ところで、噛まれてしまったんですが、大丈夫でしょうね?」
ぼくは言う。
「噛まれた人間、たいてい死にます」