ウィル・セルフ(訳:安原和見)『元気なぼくらの元気なおもちゃ』

元気なぼくらの元気なおもちゃ (奇想コレクション)

元気なぼくらの元気なおもちゃ (奇想コレクション)

ウィル・セルフ初の邦訳短編集。ここにあるのは異様な設定とそれに続くどんよりとした展開だけ。カリカチュアされた現実のビジョンを「だめだこりゃ(でもどうしようもない)」とただ眺めるしかない、そんな感覚です。物語の前提はおかしい、けれどそれがサプライズに結びつくわけでもない。最初からねじれてるんだけど、さらに強烈なツイストが加わるわけでもない。だから拍子抜けと感じる人も多そう。
引っ越した家の水道からジュースが出たよ! 不思議!! みたいな「リッツ・ホテルよりもでっかいクラック」は、たぶん読者が予想しない方向になんとなく着地して終わり。内面にいる「子供」が実体化どころか巨大化して「大人」と寄り添って暮らすという、奇想コレクションにふさわしい設定の「愛情と共感」は、最後のオチがこれか……。
このウィル・セルフという人、12歳で麻薬をはじめ、17、8歳には立派なジャンキーになってたらしいんですが、お父さん大学教授らしいし、本人もオックスフォードの哲学科卒業してたりして、賢いんですわ。そのクレバーさが作品に作用していて妙にもやもやする。物語としての面白さでいえば「リッツ・ホテルよりもでっかいクラック」の後日談にあたる刑務所ストーリー「ザ・ノンス・プライズ」ですが、クレバーないやらしさが出ている点で表題作「元気なぼくらの元気なおもちゃ」がウィル・セルフらしいのでは、と思うのでした。「リッツ・ホテルよりもでっかいクラック」→「ザ・ノンス・プライズ」における弟テンベの変わり身の早さってウィル・セリフ自身の投影なんじゃないかと勝手に想像しますが、ちがうかしらん。