桐生祐狩『川を覆う闇』

川を覆う闇 (角川ホラー文庫)

川を覆う闇 (角川ホラー文庫)

なぜそんなふうに書くのか、さっぱりわからない人は世にいるもので、桐生祐狩もそんな人。
失踪女性の捜索依頼を受けた警備会社勤務の土岐は、手がかりを捜す為女性の部屋を訪れた。部屋の中はゴミ、ゴミ、ゴミの山。腐敗した生ゴミとインスタント食品のカップ類、腐汁に漬かった雑誌と本が堆積層をなし、天井まで届かんとする、想像を絶するゴミの部屋だった。そしてその頃、土岐のオカルト同人仲間は川べりで奇妙なものを見つける。それは蜂の巣に似たコロニーの中に暮らす、全身に不潔さをたたえた、黒く、ぞろりとした正体不明のもの。人のかたちはしているが顔はなく、顔があるべき場所にあるのはただ底なしの闇。
この世のものとはとても思えない「世界穢」を見つけた住人たちは「ホームレスが進化したものかも」と珍説を打ちたて、ひとりの登場人物に「あれは観念的な不潔さが実体を持ったものだ」と言われあっさり納得する(!)。ストーリーの超展開とトンデモ理論の瞬間肯定、これこそが桐生祐狩作品の真骨頂である。(ちなみに、桐生祐狩は古くからのと学会会員)
「片付けられない女」捜しに端を発した物語が、暴走に次ぐ暴走の果てにいかなる地平に達するか、それは実際に読んで目にしてほしい。「不浄の創世記」とでも形容しようか、とにかく奇妙奇天烈な物語である。
ここには吐き気を催す描写しかない。本当にない。よって(いわゆる)普通の人々には勧めがたい。しかし、ゴミと汚物にまみれた物語がいつしか崇高の域に達する様を目撃したい方は勇気を奮って手にとってみるとよい。既成の倫理観を焼き討ちし、異形の倫理が凱歌を上げる様を見届けること、それこそがホラーなるジャンル作品を読む醍醐味のひとつなのだと強く強く思うのである。

表紙装画は父親殺しの画家・リチャード・ダッド(Richard Dadd)の作品「フェアリー・フェラーの神技」。ぴったりである。